小さい頃、「人が亡くなる」ということは
どこか遠い世界の国の話で
自分には無縁なことだと思ってた。
思ってた・・・というより、そんなこと深く考えはしなかった。
それは
身近な人を亡くすことと無縁だったから。
4歳の頃、父方の祖父が病気で亡くなった。
もちろん記憶がうすい。
棺の中にお花を入れたことだけ鮮明で・・・
どんな風に葬儀が行われたのか。
そのときの祖母や両親のことも記憶にない。
それから20年経って、祖母が亡くなった。
生まれたときからずっと一緒に住んでいたけど
とても勝気な祖母とはケンカも多く
97歳という年齢からも「大往生だね」という感じで
みんなで明るく送り出した。
そのたった2回。
私が身近な人の死を経験したこと。
そんな頃、高校の同級生が病死したり
大学の先輩が事故死したり
中学の先輩がガンで亡くなった。
何かしら、関わりがあった人の死があった。
それでも関わっていたときから
5~10年の月日が流れていたので
何となく実感がわかなかった。
今でもみんなどこかで生きているような
そんな気さえする。
そして
2年前に、長年つきあった元彼が亡くなった。
初めて壮絶な悲しみを体験した。
今はわずかとなったけど・・・
まだ完全に立ち直れてはいない。
とても身近にいて、自分の人生を変えた人。
思い出をどんな角度から見ても
必ず存在する人。
本当にショックだった。
それまで身近な人の死を経験して来なかったことが
本当に幸せなことだったんだと感じた。
同時に
世の中、こんな思いをしている人が
沢山いるんだということに
初めて心から気づく出来事だった。
ご家族や、そのとき身近にいた人たちは
もっともっとツライ思いをしていると思うけど
しばらく会ってなかったということを除いても
信じられない悲しみにだった。
自分にとってかけがえのない人だったんだと…思う。
小さい頃に無縁だと思っていた「人の死」が
いつも自分と隣あわせなんだと、最近強く思う。
現在元気な家族だって、いつか別れのときが来る。
そのとき、あんな悲しみが再来するのかと思うと
自分の方が早く死にたいとさえ思う。
そして・・・
先日、中学時代に共にバスケ部だった
友人が亡くなった。
白血病だったらしい。
もう10年以上、連絡もとっていなければ
今何をしていたのかさえ、分からない。
でも
私の中学時代に、彼女は確かにいた。
毎日一緒だった。
本当にいろんな思い出がある。
不思議なもので、そのとき毎日を共に過ごし
家族よりも会話をしていた友人も
月日が流れ、環境が変われば
全くつながりがなくなってしまう。
もちろん
今でも変わらずつながっていて
同じ思い出を共有できている友人もいるけど
そんなのほんの僅かとなった。
言い方は悪いけど、時間と共に
どんどんふるいにかけられて・・・
今身近にいる人が残った、という感じ。
それは自分も同じこと。
様々なことが重なって、今の友人の中に
残ることができた。
離れてしまった人の方が多い。
この数日、中学時代のいろんなことを思い出した。
元彼が亡くなったときも、すっかり忘れていた様なことが
次々に蘇って行った。
蘇ったけれど、また今は思い出せないこともある・・・
亡くなった人が最後に思い出させてくれた。
そんな強い力を感じる。
彼女は、たった29歳で人生を終えた。
あの頃、そんなこと夢にも思わなかったのに。
人の人生って残酷。
今をしっかり生きていかなければ、と。
今生かされていることを幸せに思い
彼女の冥福を強く祈りたいと思う。
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